金(ゴールド)相場が未知の領域に突入している。2026年1月26日、国際指標であるNY金先物は1トロイオンス5000ドルの大台を突破し、歴史的最高値を更新した。長年、トレーダーの間で鉄則とされてきた「金利が上がれば、金は下がる」という相関関係が、いま音を立てて崩れ去っている。背景にあるのは、新興国中央銀行による「通貨としての金」の再評価と、地政学リスクの常態化だ。
■ 1970年代・2008年とは決定的に違う「3つの異質さ」
金5000ドルという水準は、過去のどの高騰局面よりも「異質」だ。歴史を振り返ると、金が急騰したのは主に「有事の逃避需要」によるものだった。
| 時期 | 金価格ピーク | 上昇要因 | 下落トリガー |
| 1970年代 | 850ドル(1980年) | オイルショック+インフレ加速 | ボルカーFRBの超高金利政策 |
| 2008年リーマン | 1,900ドル(2011年) | 金融危機+量的緩和 | FRB利上げ+リスク選好回復 |
| 2026年現在 | 5000ドル突破 | 中銀構造需要+脱ドル化 | 下落要因不在 |
1970年代も2008年も、上昇は「一時的な有事需要」であり、FRBの金融引き締めで必ず終焉を迎えた。今回、中銀による年間1000トン超の「構造的購入」が常態化し、価格下支えの「岩盤」を形成した点が決定的に異なる。
■ 「金利ある世界」でも下がらない謎
伝統的な理論では、金価格は「実質金利(名目金利-期待インフレ率)」と逆の動きをする。金利がつかない金は、国債などの利回り資産の魅力が高まる局面では売られるのが道理だ。
2022年からFRBが急激な利上げを行い、実質金利が高止まりした局面でも、金は上昇トレンドを維持した。この「デカップリング(連動性の遮断)」を引き起こした真因は、市場参加者の交代だ。金利に敏感な欧米の機関投資家が売り越す一方で、金利を度外視して買い向かった「クジラ」が存在した。新興国を中心とする中央銀行だ。
■ 「ドル離れ」が生んだ岩盤需要
ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)のデータによると、世界の中央銀行による金購入量は、2022年から3年連続で年間1000トンを超え、世界供給量(約3600トン)の3割近くを吸収している。
- 中国人民銀行:2022-2025で累計2000トン超購入
- インド準備銀行:準備資産の12%→22%へ倍増
- トルコ・ポーランド:金比率40%超、急進的ドル離れ
「ドルの武器化」への警戒感がその背景にある。ウクライナ侵攻後の対ロシア制裁で、ドル資産凍結リスクが顕在化した結果、外貨準備に占める金の比率を従来の15%程度から30〜40%へ引き上げる構造的シフトが発生した。
■ 2026年、投資マネーが帰還する「第2波」
中銀の「実需」に加え、2026年は投資マネーの「第2波」が予想される。カギはインフレの粘着性だ。
トランプ政権下の関税政策・財政出動でインフレ率は2.7%高止まりが予想され、FRBは景気配慮から利下げ継続へ。実質金利低下でETF流入再開、中銀実需+投資家投機の二重構造が完成する。
■ 歴史が証明する「持たざるリスク」
金が歴史的に最も効果を発揮したのは、株式・債券が同時に下落する局面だ。
- 1970年代スタグフレーション:株-48%、債券-5%、金+2300%
- 2008年リーマンショック:株-57%、債券+20%、金+25%(1年後)
- 2022年同時下落局面:株-25%、債券-15%、金+8%
伝統的な60/40ポートフォリオ(株60%、債券40%)が機能不全に陥る中、金の「非相関性」が再評価されている。機関投資家はポートフォリオの5%以上を金配分する「持たざるリスク」意識を強めている。
■ 残るリスク要因
最大の懸念は、米国のインフレが制御不能になり、FRBが再び大幅な利上げを迫られるシナリオ。実質金利急騰で投資マネーが流出し、中銀の買い支えラインである4000ドル近辺まで調整する可能性がある。
国内投資家にとっては為替リスクも無視できない。1ドル=150円を想定した1g=2万7000円超の高値圏では、円高進行で目減りするリスクがある。
■ 金の新時代:教科書は書き換えられた
5000ドルは通過点に過ぎない。中央銀行による「年間1000トンの岩盤需要」が市場規律を根本から破壊し、歴史的な有事需要とは質的に異なる「通貨としての金需要」が定着した。FRBの金融政策も、中銀の構造需要の前ではもはや「下落トリガー」ではなく「上昇増幅器」に転換した。
人類最古の資産は、インフレヘッジや有事資産という「補助輪」を外し、ポートフォリオの構造的基軸としての地位を確立した。これは単なる価格上昇ではない。世界の準備資産構成における「金回帰」が始まり、中央銀行という最大のプレイヤーが「ドル+米国債」モデルから「金+通貨バスケット」モデルへ移行し始めた証左である。
次のターゲットは6000ドル、そしてその先へ。個人投資家にとっても、中銀が示す「30-40%金保有比率」という新基準が、ポートフォリオ再構築の羅針盤となるだろう。金市場の「新教科書」はすでに書き換えられ、市場参加者に配布が始まっている。
歴史の転換点に、私たちは立っている。

