ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)は8日、2025年3月の金市場レポート「When the wells run dry(井戸が干上がるとき)」を発表した。3月の金価格は3,115ドル/オンスと前月比9.9%上昇し過去最高値を更新。米国の流動性縮小が金融市場と実体経済の両方に影響を与える中、金はスタグフレーション環境下での避難先として機能している。
流動性の井戸が干上がりつつある。これがWGC最新レポートの警告だ。3月の金価格は前月比9.9%上昇の3,115ドル/オンスと急騰し、主要通貨すべてで新記録を達成した。
弱いドル、特にユーロ高が金価格を押し上げた。関税を巡る地政学的リスクの高まりも影響。金ETFへの資金流入も加速し、米国が67トン(60億ドル)の純流入をリードした。欧州とアジアからもそれぞれ約10億ドルの資金が流入している。
注目すべきは市場の流動性環境だ。コロナ後の米国経済と金融市場は、財政・金融政策による流動性供給に支えられてきた。政府関連部門の雇用創出や、米連邦準備制度理事会(FRB)の「金融バックストップ」が経済を下支えしていた。
2022年にはこの流動性が引き締まり、債券と株式が同時に下落する稀な状況が発生。金も一時的に20%下落したものの、年末には回復した。これは市場と経済が人為的な支援に依存していたことを示唆している。
今、再び流動性の分岐点に近づいている。量的引き締めは減速しているが、高水準の債務と根強いインフレにより、量的緩和の再開は見通せない。政府効率化部門(DOGE)による財政支出の制約も流動性を圧迫している。
さらに労働市場に暗雲が立ち込めている。労働時間の大幅な減少に続き、レイオフが増加しつつある。関税を巡る不確実性が、短期・中期の労働市場への懸念を増幅させている。
今回の流動性縮小は2022年とは様相が異なる。2022年のインフレは成長に支えられていたが、現在はスタグフレーション環境にある。この状況では金利上昇は考えにくく、米国の例外主義の終焉とともにドル安が続く公算が大きい。
中央銀行による金購入も過去3年間、金価格を支える要因となっている。米国の投資家はゴールドETFから長く距離を置いていたが、最近ようやく購入を始めた。まだ買い増しの余地が大きい。
現在の金価格は2011年と2020年のピークと比較されることが多いが、ファンダメンタルズは以前より堅調だ。米国の金ETFは全ETF資産に占める割合が低く、買われ過ぎの状態ではない。実質金利は長期平均を上回り、株式のバリュエーションは高いままだ。
また、信用スプレッドが過去のピーク時より狭く、ドルは依然として高い水準にある。トランプ政権は弱いドルを選好しており、関税の不確実な影響と相まって金の追い風になる可能性が高い。
ただし、短期間での急騰には警戒が必要だ。中央銀行は価格高騰を受けて購入ペースを慎重に緩める可能性がある。また流動性の縮小は、証拠金確保のための資産売却につながり、最も流動性の高い資産である金に悪影響を及ぼす懸念もある。
金価格上昇の速度と規模は多くの市場関係者を驚かせた。しかし歴史的な基準から見ると、現在の上昇は特に大きいわけでも長いわけでもない。
現在のマクロ経済状況は金価格が過去の最高値に達した時期とは大きく異なる。米国の流動性縮小が金融市場と実体経済の両方に影響を与える中、金はスタグフレーション環境下での避難先としての役割を今後も強めていくだろう。
