PGM市場、米関税の暗雲濃く プラチナ需給逼迫継続もパラジウム均衡へ=ジョンソン・マッセイ報告

 英ジョンソン・マッセイが15日に発表した白金族金属(PGM)市場報告書は、世界のPGM市場が米国の新たな輸入関税政策という巨大な不確実性に直面し、視界不良の航行を強いられていると警鐘を鳴らした。プラチナは3年連続で大幅な供給不足となる一方、パラジウムは13年ぶりに需給均衡に転じるという金属ごとの濃淡はあるものの、貿易摩擦激化による自動車産業への打撃は必至の情勢だ。市場は、供給網の脆弱性や地政学リスクといった既存の課題に加え、防衛費増額という新たな需要の芽にも神経をとがらせる。PGM市場は、経済合理性だけでは解けない複雑な方程式の解を求める局面に突入したと言えよう。

プラチナ・パラジウムで明暗も、米中対立の影色濃く

 2025年のPGM市場は、プラチナの供給不足が継続する一方で、長らく市場の牽引役であったパラジウムが需給均衡に向かうという、まさに潮目の変化を象徴する展開が予測される。ジョンソン・マッセイによれば、プラチナの一次供給は、最大生産国である南アフリカでの鉱山事業再編や生産調整の影響を受け、前年比3%減少。これにより、3年連続で70万トロイオンスを超える大幅な供給不足が見込まれる。自動車排ガス触媒向け需要は電気自動車(EV)シフトの波に押され5%減と予測されるものの、化学やガラスといった工業需要の底堅さが、プラチナ価格の下支え要因として機能している。しかし、この「不足」が必ずしも価格高騰に直結しないのが近年のPGM市場の難解さだ。地上在庫の存在や投資家のセンチメントが複雑に絡み合い、ファンダメンタルズと価格の乖離が常態化しつつある。

 対照的にパラジウムは、自動車触媒需要の5%減(ガソリン車生産減とEVシフトのダブルパンチ)が響き、13年ぶりに需給がほぼ均衡する見通し。これは、ガソリン車依存度の高いパラジウムにとって構造転換の始まりを意味する。ただ、この予測は米国の輸入関税強化による自動車生産・販売への本格的な影響を色濃く織り込む前段階のものであり、もし保護主義の応酬がエスカレートすれば、パラジウム市場は一転して供給過剰に陥るリスクも否定できない。市場関係者からは、「米国の関税政策は、単なる貿易不均衡是正の枠を超え、世界経済のデカップリングを加速させかねない劇薬。その副作用がPGMのようなニッチ市場にも波及する」との声も聞かれるようだ。

自動車需要、EV失速がPGMに一時的安堵感もたらすか

 自動車向けPGM需要は、全体で5%程度の減少が見込まれる。中国や欧州での内燃機関(ICE)搭載車のシェア縮小が主因だが、ジョンソン・マッセイは「米国の関税政策とそれに対する報復措置が自動車生産に与える影響は甚大で、予測は極めて困難」と、その複雑性を強調する。レポートでは、関税の影響で世界の小型車生産が130万台減少した場合、PGM需要が20万~25万トロイオンス、二次供給(リサイクル)も約10万トロイオンス減少する可能性を試算。これは、自動車メーカーの生産計画下方修正だけでなく、サプライチェーン全体の混乱、さらには消費者心理の冷え込みを通じて、PGM市場に負の連鎖をもたらしかねない。

 一方で、市場のもう一つの大きな潮流であるEVシフトに目を向けると、足元ではその成長に「踊り場」の兆候も見られる。各国政府の補助金削減、充電インフラ整備の遅れ、そして消費者の現実的な選択(航続距離や車両価格への懸念)などが背景にある。このEV失速が、ICE車の延命、ひいてはPGM需要の急減速を一時的に緩和する可能性は否定できない。特に、ガソリンエンジンと電気モーターを併用するプラグインハイブリッド車(PHEV)の販売が堅調な地域では、PGM需要が予想外に底堅く推移するシナリオも考えられる。しかし、これはあくまで短期的な現象であり、長期的には脱炭素化という大波がPGM需要構造を根底から変えることに変わりはない。

マイナーPGMに独自色、ハイテク需要と地政学が交錯

 ロジウム市場も南アフリカからの供給減を主因に供給不足が継続する見通しだ。自動車触媒が需要の大部分を占めるため、米国の自動車市場の動向が価格を大きく左右する構造は変わらない。ガラス業界の需要回復が期待されるものの、その規模は限定的だ。

 特筆すべきはルテニウムの動向だ。データセンター向けハードディスク駆動装置(HDD)や中国の化学企業による旺盛な触媒需要を背景に、需給逼迫が一段と深刻化する見込み。ジョンソン・マッセイは、生産者在庫のさらなる取り崩しがなければ、2025年の不足量は27万トロイオンスに達すると予測。これは年間需要の2割以上に相当し、一部では戦略的な囲い込みの動きも観測される。ルテニウムのようなマイナーメタルが、特定ハイテク産業の成長ボトルネックとなり得る状況は、経済安全保障の観点からも注視が必要だろう。

 イリジウム市場は需給均衡が見込まれる。グリーン水素製造に必要なプロトン交換膜(PEM)電解装置向け需要が中長期的な期待を集めるが、本格的な需要拡大にはインフラ投資と技術革新が不可欠であり、道のりは平坦ではない。

 そして、新たな需要要因として浮上しているのが各国での防衛費増額だ。ジョンソン・マッセイは、PGMが航空機エンジン部品、ミサイル構成部品、各種センサーなど、防衛・航空宇宙分野で不可欠な材料であることを指摘。国際情勢の緊迫化は、これまで市場規模が比較的小さかったマイナーメタルを中心に「隠れた需要」を生み出す可能性がある。ただし、この需要は国家機密とも絡み規模の把握が難しく、市場の透明性を一層複雑にする要因ともなり得る。

 総じて2025年のPGM市場は、米中対立を軸とした世界経済の分断リスク、EVシフトの進展速度とそれに伴うICE車の残存期間、供給国における構造的問題、そして地政学的な緊張の高まりという、複数の不確定要素が複雑に絡み合い、一筋縄ではいかない展開が続きそうだ。企業にとっては、サプライチェーンの多元化や強靭化、代替材料の研究開発、そしてリサイクル技術の高度化といった、多角的なリスクヘッジ戦略の重要性がこれまで以上に高まっている。PGM市場の動向は、単なる需給バランスを超え、世界経済の構造変化と地政学的パワーバランスの変容を映す鏡となりつつある。

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